夢屋のこと。


最初で最後、夢屋のことを書こうと思う。以下は5回ほど各4時間ずつの訪問と数回の釣り場での遭遇からなる記事であることをお断りしておく。また毎回「どちらからですか?」と店主に聞かれる事からも、全くこの店の回し者ではない事も添えておく。

できあがったばかりのマラブーストリーマーを見せられたのは20数年前か。バイスから外して店内設置のオイカワ水槽(という名のセイゴ捕食実験水槽)にジャブジャブと浸け、指先で撫でるとアラ不思議。真黄にキラッと側線一本だけのシンプルな魚になった。「これは今から、そこの錦江湾に入ってくるキビナゴです。」新鮮な感動を覚えた記憶がある。

一部ではドリームショップなどと呼んでいるが、おそらく鹿児島でフライをやる人は一度は行ったことのある店ではないかと思う。そしてそれはフライを始めた最初の頃で、大抵はそれきり行くことはなかったとも考えられる。ヤマメやイワナのいない鹿児島でも渓流のフライフィッシャーマンはいて、そういう人間からすると、行く理由がなくなるというのが実情だ。とはいえ、店主はかつて県内渓流での放流、定着に関わった人であるし、池田湖のモンスターしかり、県内のバス釣りしかり、今では水の底に沈んで浮かび上がることのない深い話を呪文のように話しだす生き字引のような人だ。ただ、それがある時期で止まっていて(私は様々な方面への失望と考えているけれども)「封印」という言葉でぷつりと切れる。おそらくここから海への転換が図られたと思われるが、とにかく、それが店に行かなくなる理由で、今、店を訪れる客のほとんどが海のフライフィッシャーマンであると思われる。

夢屋は一時期、鹿児島一番の繁華街、天文館の近くにあった。そこはかつて私の勤務地の1ブロック先で、ほとんど毎日、昼食時間には店の前を通り、見ていた。乾物屋の隣にあったその店は、トワイニング本店のように間口が狭く、入口のガラス扉には中の様子が伺えないほどメーカーやブランドのステッカーが貼られまくり、何か場違いな、いやむしろ、行き交う人には全く気にも留められない存在であった。ある日、私の上司が聞いてきたことがある。「君はフライやってるんでしょ?近くの堤防に行くと、よくフライでカマスを釣ってる人がいるんだけど、君もアレやるの?」上司はクロダイなどを釣る釣り師だったが、その場で腕を高く上げ、前後に振るまねをした。彼の住まいは鹿児島市内でも南部の大学病院近く、そこからもっとも近い釣り場が、ある長い堤防であった。見ている人はまぎれもなく夢屋の店主だった。「いや、私は渓流しかやりません。友達にはやってる人がいます。」そう答えると「アレ、どこかで習えるのかな?」と聞いてきた。「はい、ここから歩いて2分の所にあります。」その後、その上司が来店したかは知らないけれど、摩訶不思議にポンポンと釣り上げる光景に心が動かされているようだった。私はなぜかこの店の扉が開いているところを一度も見たことがなかった。

ここ20年ばかりで、鹿児島でフライを扱った店を思い出してみる。「フィッシング鹿児島」という店があった。店員の中に熱心なフライフィッシャーマンがいて、とても親切な接客であったと記憶している。私はもっぱらここでフライ用品を購入していたが、渓流のフライをする人間のたまり場にもなっていて、良い交流の場であったと思う。残念ながら経営者の不幸によりこの店は閉じてしまったが、その後すぐ、鹿児島中央駅裏に「アーバー」というカフェ&フライの店が開店した。釣友の伝手で店主と知り合いとなり、私は個人的に大変お世話になった。不況時代に喫茶を兼ねたフライショップというのはメーカーからするとあまり期待が持てない取引先であるらしい。そのため開店から苦労したという話を聞いたが、幸か不幸か?喫茶のほうが大繁盛して、近ごろはフライコーナーが肩身の狭い思いをしているようだ。店主はいつも釣りに行く暇がないと嘆いている。もう一つ「サプライズ」という店がある。いつ頃から存在しているのか知らないが、私が最初に認識したのはバイパスから外れた旧道添いのいつもシャッターの閉まっている店舗だった。シャッターは営業時間の関係だったかと後で思い直したが、近ごろは移転して椋鳩十記念館の近くにある。個人的にはなかなか面白い店ではないかと思う。店主は気さくな人で、自身、海のフライフィッシングを研究中。その一通りの道具も揃うようだ。船でのガイドが本業のようなので、そのアドバンテージがこの店にはあると思う。そのほかに大型量販店の「ポイント&ペグ」があった。昔はフライ用品を置いていたが今は皆無、私の知る限りフライを知っている店員はいなかった。

と、ここまで書いて、こういった変遷の中で夢屋は元の谷山地区に戻り、そして生き残った。近年、再開発で移転してからは私は行っていないが、あの昭和の香りのするガラスケースは持っていったのだろうか。あのスペシャルフライという名目で高価なフライたちは一掃されてしまっただろうか。いつも同じ、ガイドの錆びたロッドを立ててくるくる回すスタンドは今も現役なのか、私は知らない。

この度『海フライの本3 海のフライフィッシング教書』を出版予定だそうで、かつて店に通ってキャスティングを覚えた者、破門を言い渡されて他店に流れた者、海から川に向かった者、釣り場を分かつ者、まあ夢屋には個人個人いろいろな思いはあるはずで、鹿児島には鹿児島のフライフィッシャーマンにしか分からないことがあるけれども、まま、まずはめでたい事ではないか。ただ言わせてもらえば、その云十年の集大成が「3」だったら、私はちょっと忍びない気がする。ネットで本を注文する時代に海フライというワードがSEO的に良いということなのかもしれない。表紙にも違和感が残るが、でももう、どうでもすぐに売り切れる気がする。

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2018-02-12 14:00 | Comment(8) | 【記事】海・汽水

潮が呼んでいます?


熊本の渓流を釣り上がった時、土手の上に建物があって「あれはチッソ関係です」と教えられたことがあります。2月10日、石牟礼道子さんが亡くなりました。
汚染された水を元として魚介類の提供によって被害は広がり、行商によって運ばれた鹿児島の山村などにも認定を受ける例があります。なんとなく私の中で川内や福島とだぶる部分があって、町がその企業によって潤いを得ている場合に、こういった問題が起きると、住民はどういった感情を持つのか。水俣の場合、チッソへ押しかけた住民は、当初あからさまに怒るのではなく、雇用主にすがるような訴え方であったと記憶しています。企業としては迷いがあっても疑われているものを止める、隠すことは、それが原因であると認めることとなり、発症から12年間、汚染水は垂れ流され続けた。

石牟礼道子『苦海浄土』より。
「銭は1銭もいらん。そのかわり、会社のえらか衆の、上から順々に、水銀母液ば飲んでもらおう。上から順々に、42人死んでもらう。奥さんがたにも飲んでもらう。胎児性の生まれるように。そのあと順々に69人、水俣病になってもらう。あと100人ぐらい潜在患者になってもらう。それでよか」

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石牟礼さんには潮の呼ぶ声が聞こえたのでしょう。ぼくらの渓流や海を守ってくれた一人である。


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2018-02-11 17:00 | Comment(0) | 【記事】海・汽水

精神科医が逮捕されました。


精神科の医師が逮捕されました。現在、営利目的で診察なしに薬を郵送した疑いですが、それはまだとっかかりでしょう。
鹿児島市と垂水市で精神科・心療内科を経営。女性患者または付添いの女性らに対して個人連絡先を渡し、肉体関係をもとうとする。女性患者に不都合が起きると薬をとめて不安定状態におとしいれる。(みなさんは依存性がある薬を徐々にではなく急激に止める危険性をご存知ですか?)女性患者が自殺している。従業員も自殺している。あちこちから声が上がっている。

鹿児島県鹿児島市
城西こもれび心療クリニック
(心療内科 精神科 老年精神科 児童精神科)

鹿児島県垂水市
りんどう心のクリニック
(精神科 心療内科 児童精神科 老年精神科)

下記サイトがずっと追ってきていますので、ご覧ください。
精神科医の犯罪を問う(カテゴリ精神科医による犯罪)

情報を求めています。受診して被害を受けられた方、向精神薬が郵送されて来た方、不正請求をされた方、従業員、元従業員。被害はうけていなくても、匿名でも。同サイトに連絡先があります。

以前、このブログでも書いたことがありますが、経験上この分野はまだ信用するには(=自分や家族の命をあずけるには)未熟であると思っています。診断や薬の処方(または病院を)をまちがえると患者は泥沼であがくように疲れきってしまって、堂々巡りを繰り返し、もうどうしようもなくなってしまいます。

NHKクローズアップ現代
“薬漬け”になりたくない 〜向精神薬をのむ子ども〜


2018-01-25 12:00 | Comment(0) | 【記事】そのほか

狐のはなし


狐(きつね)を見たことがあるでしょうか。小さい頃からよく知ってる動物のような気がしますが、実際には容易に見れない生き物ではないでしょうか。私は今たぶん、自然繁殖している区域を二ヶ所知っていますが、これはオイカワやカワムツの釣りをするのに偶然見かけたものです。犬の間違いでしょう?と妻に話しても信じてもらえませんが、付近に草払いに来た人と話してみると口数は少ないものの「いますよ」とにっこり。同じくらいの犬と比べて腰高で、それでいて胴が長く、尻尾はふさふさとボリュームがあって犬のようには上に昇らず、歩む姿は少し跳ねるようにしています。すぐに気配を察して竹山などにピョーンと飛んで入ってしまいますが、あれはどう見ても犬とは違います。
山間の里川源流域の田畑に近いので、そういう人の営みとは馴れ合いだったんじゃないでしょうか。日頃から穀物など荒らしたり足跡だけを見たりして、付きつ離れつ、ものの比喩として狐が○○したなんて、いつか想像事を語る上での都合のいい登場人物になったんではないでしょうか。
中国の怪奇説話集『聊齋志異(りょうさいしい)』にも沢山の狐が出てきます。自由に姿を変えて(その多くは妖麗な美女ですが)この世とあの世を行き来しながら、現世の男と愛を育み、嫉妬し、立派に子供も生みます。よほどいい女に書かれるので、そんな女ならだまされてみたいという気にもなるんですが、いやもう話の中で化かされているのかもしれません。新たに人として生まれ変わったりするところが日本にはないところ。う〜ん、生まれ変られちゃ困るのが日本なのかな。ましてや記憶を残したまま・・。生きていける限り自然の状態でそっとしておくのが一番いいと思います。

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原野昇・鈴木覺・福本直之1988