牟礼ヶ岡レポート(19) 【話】兵六妖怪地図(私家版)

<兵六妖怪地図>
ひょうろく。

鹿児島の銘菓に「兵六餅」というのがあります。
箱の中にキャラメル大の四角い団子がたくさん入ってまして
鹿児島の人間なら誰でも幼い頃から食べ親しんでいると思われます。

土産品店には必ず置いてありますので、来鹿の際には是非。
美味しいですよ。


『大石兵六夢物語』

昔、鹿児島で書かれた妖怪退治のお話です。

菓子の箱に描かれているのはその一場面でありまして、
この菓子を製造するセイカ食品が物語の「絵巻」を所蔵することに由来すると思われます。

ところで、どういうわけかこの物語、
このブログにも書いた東目筋(大口筋)上で展開されるのでありまして。


最近になり、運良くこの物語の書籍が手に入りましたので
今回、思い切って兵六の進んだ路を地図に示してみる事にしました。

ただし土地鑑のある者からすると、原文・現代語訳を読むに、
話の運びがいささか不自然・不明瞭と思われる部分があります。
特に関屋谷を出る辺りから帰路の道筋。

元来フィクションでありますし、著者は城下の人であったようですから
話自体、友人から聞いた地名・風土をもって創造されていたと考えれば
私もやはり、時代考証を含め、一部想像の助けを借りて製作するほかありませんでした。
その点どうぞご了承の程を。


現地調査、古地図、郷土史、近隣住人への聞き取りによる
「兵六妖怪地図」。



Hyoroku-MonsterMAP.jpg
牟礼ヶ岡は現在、猪・狸は勿論のこと、猿もまだいるらしい。


兵六夢物語と心岳寺について。

1599(慶長4)年:心岳寺建立(竜水山心岳寺)
1784(天明4)年:大石兵六夢物語(毛利正直 著)
1868(明治0)年:廃仏毀釈により心岳寺焼却
1870(明治3)年:平松神社として再建(平松稲荷神社)

毛利氏が書いたのが心岳寺建立の約200年後です。
物語は心岳寺建立の約30年後(寛永はじめ)の話として設定されています。
尚、この「夢物語」は毛利氏のオリジナルではなく、その前に「絵巻」なるものがあり、
そのどちらの形態でも幾つかのバージョンがあるそうです。

毛利氏も「心岳寺詣り」の経験があるのではないかと私は推測していますが
現在の平松神社に参りますと、物語中に出てきた
蛇の巻柱、とかぎり(トカゲ)の巻竜、野狐、老比丘、手水鉢など
これら髣髴とさせるようなものが多く境内に見られます。(写真


薩摩の"ぼっけもん"が書いた高野聖みたいなものかな。
ずいぶんと洒落がきいています。


伊牟田經久先生に感謝いたします。



牟礼ヶ岡レポート


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この記事へのコメント
毎日暑いですね〜
今更感はありますが(笑)、Linkに追加させていただきました〜
*:Link集を区別して2つにするのがよく判らなくて・・(笑)
Posted by GOGI at 2014年08月02日 10:10
>GOGIさん
有難うございまーす。

また台風が・・。
Posted by Ln at 2014年08月02日 12:08
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