日本を愛している


心技体を極め、国民を大いに湧かせ、礼儀礼節を重んじ、日本を愛しているといって辞めざるをえない。

「そのような社会の中における困難の解決は、本当の論理とは違う何ものかによって為される。即ち顔、間接的圧力によって誰かを犠牲にし、その犠牲を闇から闇へ葬ることによって家族としての体面を保つのが、日本的な解決の道である。」伊藤整『近代日本人の発想の諸形式』

日本人らしいって何だろうと、分からなくなってしまう。


2017-11-30 12:00 | Comment(0) | 【記事】そのほか

ハンドルネームを戻しました


なにがあったというわけではないんですが、少し気にかかっている事がありまして。ハンドルネームを元に戻したいとおもいます。

Ln→Londen(ロンデン/論傳)

関係者の方々、ご迷惑をおかけしますが、宜しくお願いします。
m(_ _)m


2017-11-19 21:00 | Comment(0) | 【記事】そのほか

廃人日記(1)



えーと、このサイトも15年ですかね。
HP時代から断続的にやってきましたが、いつまでやればいいんでしょうか(笑)


ちょっと巻き戻してみましょう。一気にいきます。

初めて買ったパソコンは日本電気のPC9801FX/U2。それ以前にCASIOのMSXを持っていましたが、あれはゲーム機、音楽は作ったりはしたけれど。

週末アキバ通いをしていたので、ラオックスのパソコン館いわゆるザコン館で買いました。3.5インチが2ユニットで、別売り100MBのHD(内臓可能)をつけて、たしか・・40万円を超えたと記憶しています。店員と仲良くなっていたので少しまけてもらいました。

もちろんDOS時代、あの頃、私が最初に触れたウィンドウズは2.0(英語版)だったはずです。作業をしながら画面の片隅に目玉が回るので、おお!マルチタスク!と感心したもんです。ほかにもOS/2とか?主にIBMのPS/5550、PS/5530あたりで何やら・・やらかしておりました。DECとかも使いました。(泣けてきますね、同世代の方。)


来るのか来ないのか、いや無理だろうと言いながらウィンドウズ時代がやってきて(笑)95マシンを96年?97年?に買ったと思います。IBMのアプティバ。タワー型が新鮮でした。よく覚えていませんが25〜30万位だったと記憶しています。当時会社にはオフコンしかなくて、パソコンなんて言葉を出すと鼻で笑われたもんですが、その後、鼻で笑った人達はパソコンを受け入れずに孤立、紙に書いたものを女の子に渡して打たせたりしていましたね。

導入期にも東芝J3100なんかをカチャカチャやってると、ゲームしてるんじゃないか?と上司に嫌味を言われたものです。オフコンにはオフコンのプライドがあるのか、いや単に・・・おかげで一人で忙しかったわい(笑)でもあの頃は楽しかった。ニフティーサーブで徹夜→出勤なんてのは日常茶飯事でした。この頃、最初のキュッパチは車のROM書換え用にと、友人の所へ旅立っていきました。

初めて携帯電話を買ったのもこの頃かと思います。社内で使うとヒンシュクでした。普及してからも会社へは携帯番号は教えないというスタンスを通しました。パソコン通信からインターネットへ移る時期でもありましたね。電話線+テレホーダイをエアエッジに変えて、しばらくしてこのサイトを作ったと思います。

あの頃に比べて今のSNSって広がりがないと思うのは私だけかな。ああいう考えは多くの人が持っていたと思います。そういえば関心空間なんてのもありましたね。広げすぎると次の段階にはバリアを作りはじめるってことかな。

アプティバはfreeBSDマシンにしてしまって、代わりにDELLだのVAIOだのFUJITSUだのHPだの入れ替わり立ち代わり、XPマシンと2000マシンが長く続く時代。それを今年(2017)まで使っていたのが凄いと自分でも思うのですが、どうチューニングしても、もう時代についていけない機械となってしまいました。

一番は起動が20〜30分かかるので(笑)だってウイルス対策ソフトは入れないわけにはいかないので、そいつが底上げしてくると、そのたびに遅く重くなるわけで、最終的には「ウイルス対策ソフトを動かすためのパソコン」になってしまうわけで、これでは何のこっちゃわかりませんわね。それでもやっと起動したと思ったら再起動しますか?とか聞かれてきたりして死にたくなります。

と言いつつ、このブログも8コ前の記事まではこの機械で書いたり描いたりしてたんですが、ようやくカンネンして(笑)少し前に買い換えました。よさげなのをネットで買い集めて、マルチモニターで。全部で5万ちょいで揃うんだから、すでに時代はパソコンじゃなかったと(笑)結果的に、MeとVISTA〜8は自分は所有しなかったことになります。客のをさわっておぼえただけ。前のパソコンはディスクのみ抜いて画像とモジュール置場かな。

そういえば携帯電話は6年ほど前にやめました。ブルブルへの反応が抜けるのに2、3年はかかりました。持っていなくてもどこかでブルブル感を覚えると反射で探してしまいますから。携帯がなくて縁が切れるようならそこまでの仲だったと思ったり。失礼か。勝手か。ごめんなさい。わたしゃこのままスマホも持たないでしょうね(笑)

あちこちでバブル世代の噂がされていますね。また減っちゃいますかね。


2017-11-18 15:00 | Comment(0) | 【記事】そのほか

続・業務連絡

復帰しました。
プロバイダが変わりました。

3ヶ月の予定が一年超え。
釣りどころじゃなかったです。


チーコ

<チーコ>
野坂昭如さんの遺影にも驚きましたが。

TVのニュースを見ていたら、
昨年末に亡くなられた水木しげるさんのお別れの会の模様をやっていました。

次々と訪れる漫画家や俳優、その向こうにある人物が映し出されて
思わずアッ!と声を上げてしまいました。

背を丸めたボサ髪の男。上目使いに周囲をうかがう姿。

動くつげ義春さんを見たのはこれが初めてだったかも知れません。

2016-02-03Ln1.jpg
漫画は読まない私もこの人の作品だけは別でした。

『チーコ』や『海辺の叙景』は好きですね。
ファンからすれば、まだまだってとこでしょう。

そう急ぐ性質のものでもないと思っているので、
巡り合わせでこれからも一つ一つ集めていこうと思っています。

たしか水木さんのアシスタントをしていた時代があるという事でしたね。


つぐろじん

<つぐろじん>
こちらでは青あざのことを「つぐろじん」といいます。
今の私は、膝につぐろじんができちゃった。

O.ヘンリの短編、『ハーレムの悲劇』。
二人のご婦人のお話です。

婦人が階下に住む婦人に青あざを見せにやって来ます。
夫にぶたれて目の下が真っ黒なっちゃったと。

現代ならDVだなんだと騒ぎ立てるところですが違います。
この婦人は誇らしく見せに来ているんですね。

夫にぶたれることは愛されている証しであり、
その後には厚い抱擁が待っており、
更にはかねてより欲しかった物も買ってもらえる。

この話はハーレムすなわち黒人社会でのお話しですので
その点をふくみ置く必要があると思いますが、
だとしても女性の心理、どうでしょう。

見せられたほうの婦人は嫉妬します。
わが夫は稼ぎはいいけれど、帰宅して何の関心も示さない。
何にって妻である私に!

そんなこと夢にも思わない夫は。

このような状況において、夫が最も慎まなければならない行動の一つは、
たとえば、釣りに出かける事と思います。

妻より魚か!となりますからね。当然です。
鉄槌は免れません。

さて、最近の結婚はコスパが悪いのだとか。