牟礼ヶ岡レポート(12) 【道】東目筋 関屋谷(1)

<東目筋 関屋谷(1)>
関屋谷。
セッキャンタイ。

ミステリアスな地域です。
関所があったとか、山城があったとか、
生きながらにして死後の供養をする信仰があったとか。

この谷へは
吉野町の横山記念病院近くから道の下をくぐって降りる方法と、
宮之浦町の南九州国分株式会社の前から山中に入る方法、
そのすぐ近く関屋口渓谷の看板筋から道路を下る方法があります。

最初の2箇所の入口には案内板が出ていて徒歩です。
最後の方法は車で入れますが半分から先は徒歩です。

以降、横山病院側から入る場合の話をします。

ちなみにこの入り口のあたりはかつて
花火工場と南国バスの車庫があり、
その先の道はずっと砂利でバスも通っていませんでした。
花火工場は大事故の後、病院にとって変わりました。
谷の下にはもう一つの花火工場があります。

横山病院前のバス停脇から道の下にもぐり込む筋に入ります。
入るとジメジメした急な下り坂となり
降りきると平地となり竹林が見えてきます。

東目筋としては降りてすぐの辻を左手に入って
観音様などを拝みながらコンクリートの道路に一旦出るのが筋です。

ですが初めてでしたら、
辻を曲がらず少し先に行くと右手上に石塔群が見られますので是非。
間伐された竹林の中にも古い墓や井戸跡、廃屋などがあります。

稲作と、わらじなども作って生計の足しにしていたようですね。
一部は谷より上のほうに移り住んだらしいです。
そういえば谷の周辺には「関」の字の入る姓の方がおられます。
ここらへんには頭の良い家系がいくつかあったように聞きますけど。

そのまま直進しても山に埋もれるだけですので
程ほどに辻の所まで引き返して下さい。

実地調査による図。
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青線が東目筋、赤線は便宜上使用できる道、黒線は参考にする道。

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牟礼ヶ岡レポート(13) 【道】東目筋 関屋谷(2)

<東目筋 関屋谷(2)>
話しを戻し
コンクリ道路に出ると人家などがあり右手に上がると花火工場が見えてきます。
左手にはまだ行ったことはありませんが、たぶん前迫地区へ抜けると思います。

花火工場は火気厳禁、危険につき関係者以外は絶対に立ち入り禁止です。
この花火工場の手前で左手、人家裏を通る山道に入ります。
入って竹やぶを下ると、沢に渡した丸太橋に出ます。
これが大石兵六が赤ガニに足を挟まれたと語られる岩木橋です。
この岩木橋を渡り人家裏の畑脇を少し登ると再度コンクリ道路に出ます。
ここに「東目筋」の看板が立っています。

実はこのコンクリ道路は前述の花火工場を先に抜けた所とU字につながっています。
つまりこのコンクリ道路を右手に行くと花火工場の反対側に来てしまうわけですが
その途中で牟礼谷川の一筋や生活の名残などを見る事もできます。
山手に道が入っていたりしますが猪の罠などがあるので行かないほうが良いです。
猪は人間の匂いに非常に敏感ですし。
この道は昔は谷の上へ通じていたとの事ですが今は・・・。

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青線が東目筋、赤線は便宜上使用できる道、黒線は参考とする道。

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牟礼ヶ岡レポート(14) 【道】東目筋 関屋谷(3)

<東目筋 関屋谷(3)>
では再度話しを戻し
このコンクリ道路を左手に行くと「外戸口」の方向へ向います。
外戸口(けどぐち)は昔、関所の門があった場所ということです。

途中には数軒の人家と共に「関屋口渓谷ソーメン流し」の廃屋があります。
かつてソーメン流しと鱒釣り場がここにはありました。
鱒釣り場跡には今でも水がコンコンとあふれ出していますが
生簀の中には一匹の白い錦鯉の稚魚が寂しく泳いでいるだけでした。

この地点ではかなりの水を確認できます。
もちろん牟礼谷川です。
実はここで牟礼谷川でも主要な2つの谷の水が合流しています。
あるいは人為的に引いているのかもしれません。
近くから湧水も引いているようでした。

生簀に泳ぐ一匹の魚を見た時、下流に色つきの魚が点在している理由も分かりました。
聞いたところでは鱒も大水の時に全部流れたそうです。
もしかしたら下流の葦にえぐれに隠れていたあの大きな影は・・・まさか。

また話が反れましたね。

東目筋としては関屋口から山手に入って
南九州国分株式会社(以降、南九州国分KK)の前に出るのが本筋です。
しかしそのままコンクリ道路を上がって
関屋口渓谷ソーメン流しの看板横に出ても構いません。
南九州国分より少し下に出ますが、ほとんど変わりません。

というわけで、ここまでが関屋谷です。
人に会ったら必ず挨拶をして下さい。
許可が必要な所は許可を得てから。
地元の人に迷惑を掛けぬよう。

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青線が東目筋、赤線は便宜上使用できる道、黒線は参考にする道。

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牟礼ヶ岡レポート(15) 【村】山村の風景

<山村の風景>
山から沁み出た水が谷間に落ちて沢となります。
沢が集まって川になります。
川の中に生き物が住みます。
川のまわりにも生き物が集まります。

川の水を使う人がいます。
川の水を使ってお米を作る人がいます。
近くに家を作って道を通します。
家族が死んで墓を作ります。

どこにでもある風景ですね。
mutani-brg.jpg

道の話しは続きます。

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牟礼ヶ岡レポート(16) 【道】東目筋 関屋谷を出て白銀坂の下り口へ

<東目筋 関屋谷を出て白銀坂の下り口へ>
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青線が東目筋、赤線は便宜上使用できる道、黒線は参考にする道。

関屋谷を出た所は南九州国分KKの目の前です。
そこから島津ゴルフ場方向の白銀坂入口までを書きます。

南九州国分KK前を三井NT方向へ少し上がるとカーブがあります。
このカーブは二重のカーブになっていて奥の方のカーブへ歩いていくと
人家横に筋があり「東目筋」の看板が立っていますので、ここから入ります。

人家脇を通り山手に入ると獣道のような道になります。
右手眼下には沢(牟礼川の主要な流れの一つ)が見えます。
しばらく上ると昔ながらの貯水タンクがあり、さらに上って行きます。

すると左手に幅の広い道跡が現れ、これが東目筋です。
この東目筋は途中でカーブしますがカーブの所にも「東目筋」の看板が立っています。
ただ、このまま上がっていくと三井NTの壁に当たり行き止まりとなってしまいますので
左手か右手へ上がって車道に出ることになります。

普通は左手へ踏み跡を上がって団地入口バス停のガードレール裏に出ます。
ガードレール伝いに車道へ出て東目筋へ出ます。
右手へ上がる方法は少し強引に山を登って車道に出ます。
ちょうど車道のヘアピンカーブの所に税の看板がありガードレールが切れていますので
頭上の車の音などを頼りにそこから出ることができます。

上がると目の前は牟礼ヶ岡。
ここからは快適です。

牟礼ヶ丘に沿った車道を島津ゴルフ場方面にひたすら歩きます。
これも東目筋です。
今後の為にいくつかある登山入口を確認しておくのも良いでしょう。

途中左手に「知識兼雄の墓」がありますので参ってみて下さい。

ゴルフ場が近くなると左手に「島津の森」跡、
つまり稲荷川の源流のアベ木川の始まるところを通過します。

直進、ゴルフ場入口のゲートを抜けて上って行くと
右手に「白銀坂」の下り口です。
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牟礼ヶ岡レポート(17) 【道】東目筋 白銀坂

<東目筋 白銀坂>
白銀坂(しらかねざか、しらかねのさか)。
牟礼ヶ岡の北東部を重富方向に降りる道です。
もちろんこれも東目筋。

既に有名なので詳しくは書きませんが
だいたいが石段になっていますが
階段に歩幅が会わないと少々ぎこちなくなります。
苔で滑りやすい箇所もあるので注意して下さい。

坂の中ほどでは気持ちの良いアップダウンもあり
水場や椅子もあるので有難いです。
そこを過ぎると傾斜がきつくなり一気に重富まで降ります。

少し前に、坂の近くに「JTの森」というのができたようですね。
いつか、ガタイのいいお兄さんが建材の丸太をせっせと担いで坂を下っていました。
大変だったでしょう。

higashime-rt.jpg
登る場合は最初の30分が息が切れます。

これでひとまず話は終わりですが
現代的な話も次にしておきます。

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