狐のはなし


狐(きつね)を見たことがあるでしょうか。小さい頃からよく知ってる動物のような気がしますが、実際には容易に見れない生き物ではないでしょうか。私は今たぶん、自然繁殖している区域を二ヶ所知っていますが、これはオイカワやカワムツの釣りをするのに偶然見かけたものです。犬の間違いでしょう?と妻に話しても信じてもらえませんが、付近に草払いに来た人と話してみると口数は少ないものの「いますよ」とにっこり。同じくらいの犬と比べて腰高で、それでいて胴が長く、尻尾はふさふさとボリュームがあって犬のようには上に昇らず、歩む姿は少し跳ねるようにしています。すぐに気配を察して竹山などにピョーンと飛んで入ってしまいますが、あれはどう見ても犬とは違います。
山間の里川源流域の田畑に近いので、そういう人の営みとは馴れ合いだったんじゃないでしょうか。日頃から穀物など荒らしたり足跡だけを見たりして、付きつ離れつ、ものの比喩として狐が○○したなんて、いつか想像事を語る上での都合のいい登場人物になったんではないでしょうか。
中国の怪奇説話集『聊齋志異(りょうさいしい)』にも沢山の狐が出てきます。自由に姿を変えて(その多くは妖麗な美女ですが)この世とあの世を行き来しながら、現世の男と愛を育み、嫉妬し、立派に子供も生みます。よほどいい女に書かれるので、そんな女ならだまされてみたいという気にもなるんですが、いやもう話の中で化かされているのかもしれません。新たに人として生まれ変わったりするところが日本にはないところ。う〜ん、生まれ変られちゃ困るのが日本なのかな。ましてや記憶を残したまま・・。生きていける限り自然の状態でそっとしておくのが一番いいと思います。

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原野昇・鈴木覺・福本直之1988


オチは時代の鏡


話にはオチが必要だろうか。新喜劇ではオチがないと皆でずっこけるのが定番となっている。時代的に書く場面が変わってきて、ともすれば世の中にはオチの必要ない文字群(あるいは記号)があふれたりしている。そこではおちゃらけた駄洒落のような・・というよりはお茶を濁すがごとき変則オチも散見される。文字でもなんでも時代と共に変化するのであるから、これはこれで正常であると思うが、考えてみれば洒落好きの日本人の何が変わったかと思ったりもする。
話の筋が面白ければオチも要らないとおっしゃる人もいる。ついては、その筋の流れが芸術性を帯びていることが必要であるとか。ここまでくると職業的な分野に入ってくる。何かしらの計算があらねばなるまい。もっと先をいって、話の筋さえ必要ないとおっしゃる人もだいぶいる。自然体で徒然と、口から出るように書かれるのがいいんだとか、そうおっしゃる。そう見えてそうではないところに魅力があるはずだが、注意力を損なうものは途端に偽善の香りを発してしまうのでこれはむしろ難しい。
そういう私はオチのある話が好きなのであり(短い話であれば特に。)話の筋もただ思いつくままに記述するよりかは、何かしらの作為があって、これを表に出すのが少なくとも読んだり聞いたりする人への配慮であると思っている。

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五木寛之1995


2018-01-22 12:00 | Comment(6) | 【記事】そのほか

『僕と彼女と週末に』

浜田省吾1982, Bank Band2004

週末に僕は彼女とドライブに出かけた。
遠く街を逃れて、浜辺に寝転んで、
彼女の作ったサンドイッチを食べ、ビールを飲み、
水平線や夜空を眺めて、僕らはいろんな話をした。

彼女は、彼女の勤めてる会社の嫌な上役のことや、
先週読んだサリンジャーの短編小説のことを話し、
僕は、今度買おうと思ってる新車のことや二人の将来について話した。
そして、誰もいない静かな海を、二人で泳いだ。

あくる日、僕は吐き気がして目が覚めた。
彼女も気分が悪いと言い始めた。
そこで僕らは朝食を取らず、浜辺を歩くことにした。
そして、そこでとても奇妙な情景に出会った。
数え切れないほどの魚が、波打ち際に打ち上げられていた。

いつか子供たちに、この時代を伝えたい。
どんなふうに人が希望を継いできたか。


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2018-01-11 00:00 | Comment(19) | 【記事】海・汽水

フライやめたい


あーフライやめたい、ここ数年そう想うことがあって、だったら辞めりゃいいじゃんと、そう単純な話でもない。ちょっとした自営の店をたたむくらいな、自分が客でもあり店主でもあり、幾らになるか分からん資産もそれなりにためこんでいて、赤字黒字はいいんだけど(まちがいなく黒字であった)なんかこう・・そこまでして釣りを続けて、釣りに行かなきゃならないのかみたいな、昔は暇さえあれば川に車を飛ばしたかったものだけど、どうもこれは加齢によるものなのか、それとも環境的なものなのか、あるいは誰でもこういった波はやってきて、やりすごしてればいいだけのものなのか。あー、ほんと時々フライやめたいと思うことがある。フライをやめられた人はもしかしたら偉い人なんじゃないか。続けるより止めるのが難しいのは婚姻関係と同じじゃないか。今は続ける苦労より辞めた人の話しが聞きたい。こうして自分のほうから止めに行くのか、誰かに何かに背中を押してもらう自殺行為なのか。飽きたわけじゃないんだけど。


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宮城音弥1982


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『犬たちをめぐる小さな物語』


小学生の時、校庭に犬が迷い込んだことがあって(実はその犬は前の晩いなくなったうちの犬でした。)騒ぎになってる中、私のほうへ一目散に走ってくる姿に嬉しいやら恥ずかしいやら。たくさんの生徒がいる中で私を見つけることができる、それが君がぼくを知ってるってこと。

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アンジェラ・グード編, 伊藤延司+マーガレット・プライス訳1994

この本はオーストラリアにおける働く犬たちの話が57も収録されています。一つ一つのお話は大変みじかくて何時どこから読んでも心がほっこり。子供から大人まで楽しめる一冊となっています。もとはラジオのお便りコーナーだったそうで、これが人気を博し何度も書籍化され、日本版にはその中の厳選されたお話が収録されています。犬は目を見つめることで信頼関係を築ける唯一の動物なんだそうです。犬関係でいちばんお気に入りの本でーす。


2018-01-09 12:00 | Comment(0) | 【記事】そのほか

未明のごそごそ


昨夜タイミングがよかったのでエギを投げに行ったら3投で引っ掛けてしまいました。(状況がよさそうだったので少し無茶をした。)なんとか外そうとがんばったんですが、結局ラインを切って、予備も持ってきていなかったのでそのまま帰宅しました。どうも貧乏性というか、枝に引っ掛けたフライもそうなんですが、回収しないと気持ちが悪い。で、今朝の干潮4時に起き出して、雨靴に伸縮タモの出で立ちで行ってきました。普段は上からしか見ない釣り場に降り立って、岩を一つずつライトを当てながら探す。と、ありました、ありました。砂底から出ている古い係留ロープに引っ掛かっていました。(これじゃ外れないよ。)ついでに、こんな時でないと見れない箇所を見回ったりして、いつもの釣り場を下から見るようで面白ろかった。


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2018-01-06 12:00 | Comment(0) | 【記事】海・汽水